この仕掛けは至って単純である。
竿は個々の渓流にあったもので、その辺の竹藪から切り出した三メートル前後の竹で十分である。
道糸は「馬素」と言う馬の尻尾を編み込んだもの。
先糸は蚕の繭から紡いだ絹の糸。
毛鉤はFFのように精巧なものではなく、胴に蓑を巻き首羽を巻いただけの粗雑極まりない代物である。
釣り方は、目的位置に向かってただ振り込むだけ、古にはそれだけで渓流の王であり、繊細で獰猛な「岩魚」がいくらでも釣れた、しかし岩魚の生態系を崩すような乱獲は一切しなかった。
僕がテンカラ釣りに出会ったのは、昭和六〇年の春だった。
それまでの僕の渓流釣りと言えば、餌釣りでしかなかった、中にはFFやル アーの人も居たが、そんなものに一切興味が無かった。(魚を釣るのにせめ て餌くらいは提供しなくては、魚に失礼だろう、疑似餌じゃ詐欺だろうと思っていた。)
ある日、釣り仲間と釣り談議に講じていた時、渓流でFFを専門にやってい る人が(僕は何時もその人のことを渓流の詐欺師と呼んでいた)、日本にも毛鉤を使ったテンカラ釣りと言う伝承の釣法がある と教えてくれたうえに「テンカラ釣りセット」を僕にくれた。
その竿は三.三メートルのグラスロッドでかなりの重量があった、当時カーボン製の竿が出始めていた頃で、僕は四,五メートルの軽いカーボン竿を使 用していたので、初めてグラスのテンカラ竿を手にしてその重さと、だらしのないしなり具合に閉口した。
更に、道糸は馬の尻尾を編んだ馬素で、竿先側は二㎜もある太さで、先糸側でも一㎜程もあるものだった。
そして、毛鉤もFFと違い粗雑なものだった。
僕は、「こんな太いラインじゃ岩魚に見切られてしまうだろう」 と正直小馬鹿にしていたが、僕も変なところが頑なで日本固有の伝承の毛鉤釣りと言う言葉が頭の中のどこかに巣くってしまったようで、何とも気になってならないので、春の一日休暇をとって早戸川の管理釣り場に足を運んだ。
僕は気恥ずかしいので、人の居ない池を見つけて試してみた。
確かに毛鉤が 着水するとニジマスは反応するが、毛鉤に食い付かない。
それでも一日やって一〇数匹を釣り上げた。
釣れたのは着水と同時に食い付いて来た魚であり、その瞬間の自分の反射神経と合った時にだけ釣り上げられると言う絶妙な間合いに僕は魅せられた。
その後、数件の本屋に行ってやっとテンカラ釣りの本を手に入れ研究した。
竿は大きな釣り道具屋に行って、なんとかカーボンの三,三メートルのテンカラ竿を手に入れたが、ラインは何処へ行っても馬素しか売ってない。
それなら「自分で作ろう」と思い、試行錯誤をしながらも何とかスマートな道糸を作ることが出来た。が、「毛鉤」はそうは問屋が卸してくれなかった。
一年目は作っては、作っては渓流に行くが、岩魚は全く反応してくれなかっ た。
二年目からは、管理釣り場で釣果を試してから渓流に出かけたが、それでも自然の中で逞しく生きる岩魚は全く反応してくれなかった。 苦心惨憺、試行錯誤を繰り返し、四~五年目には数匹の岩魚を釣るまでになったが、そうなればそうなるで、オールラウンドの毛鉤が欲しくなり、どの くらいの毛鉤を作ったことだろう(二千本くらいは作ったかな)。 (後編へつづく・・・) (トム)