に多才な人で、ルアーの他当時流行始めたFFにも造形深く、自作の毛鉤を見せてくれたが、リアルであり色彩豊かな毛鉤は芸術品のようだった。
弟は新しもの好きで、真っ先にFFに飛びつきよく中禅寺湖などに行ってたな。
僕は毛鉤には興味があったけれど、FF釣りには何故か全く興味がなかった、それは自分でも不思議だった。
そんなある日、加藤さんが
日本にも古来からのテンカラと言う毛鉤釣りがある
といって、テンカラ釣り概略を説明してくれたし、持っていたグラスのテンカラ竿や馬素と呼ばれている馬の尻毛で編んだラインを見せてくれた。
加藤さんの持っていた3,3メートルのグラスのテンカラロッドに馬素を付けて振ってみたが、竿は重くグラス特有のしなりなので、これで渓流を攻めるとなるとかなり大変だなと思ったが、「日本古来の毛鉤釣り」と言う言葉が妙に頭に残ったので、調べて見る気になって紀伊国屋書店に行き、隈無く探したところ、
冨士弘道さんの現代テンカラ
と言う本を見つける事が出来た。
その本を熟読して、テンカララインも毛鉤も自分で作ることが出来ると紹介されており、尚かつ今カーボンのテンカラロッドも販売されていることが判った。
しかし、釣り道具屋に行ってもテンカラ釣りと言う言葉さえしらない店があり、カーボンのテンカラロッドはなかなか入手出来なかったが、何気に寄った小さな店の渓流コーナーの片隅に見慣れない竿が一本置き去りにされているのが目に入ったので、手にして説明書を読んだところ、何とカーボンのテンカラロッドだった。
誰からも見向きもされなかったと思われるその竿のケースに貼付されている値段表の印刷も薄くなり、値段が読み取れない。
店の人に値段を聞いたら、売れないから5000円でいいと言うので即購入。
この竿がまた、調子といい重さといい僕の手にピッタリ納まった。
それからはまずライン編みから始まったが、これだと言うのが出来上がるまで3年程の時を要したかな、また伝承毛鉤も現在進行形だけれども、そこそこ釣れるまで千本くらいは作ったかな。
何回となく早戸川のリヴァースポットに通い、ラインや毛鉤を試した結果、渓流でも釣果を得るところに辿り着いた。
当時のテンカラライン(馬素)
初めて買ったカーボンの
テンカラ竿
3,3メートル
これは僕のテンカラ釣りの歴史であり大切な竿である。
テンカラ釣りを伝承する七瑠にもこの竿は伝えよう。
今は、あまり使う機会がなくなってしまった。