「人は現実のすべてが見えるわけではなく
、多くの人は見たいと思う現実しか見ない」
ユリウス・カエサル(ジュリアス・シーザー)は共和制ローマ
時代に活躍した独裁者として名高い人物ですが、たくさんの名言を
今に残しています。
「多くの人は見たいと思う現実しか見ない」と彼は言いました。
言い換えればカエサル自身は、「見たくない現実も見ていた」と
いうことかも知れず、民衆や軍隊を手玉にとって独裁権力を確立
したカエサルらしい言葉だと思います。
ところで、私達のぞみ総研では「リスク」を念頭に置いたサー
ビスを提供していますが、先述のカエサルの言葉を思い出してし
まう場面によく遭遇します。
たとえば今週のニュースの中で「代襲相続で孫を認めず」という
内容がありました。
遺言書を書いたときに「長男に財産を譲る」と書いていたところ、
残念なことに長男が先に亡くなってしまい、その後で遺言者もお亡
くなりになった場合に、長男の子どもが遺言によって相続人として
財産を譲り受けることができるか、という点で最高裁まで争ったの
ですが、判決では「長男の死亡によって遺言は無効である。」とい
う判断でした。
「長男が死んだらどうなる」ということまで考えて遺言書を作成
していれば、多分防ぐことができた結末だったと思うのですが、
「もしこうなったらどうなる?」という想像において、詰めが甘い
判断をついしてしまうケースをよく見ます。
そういうケースを見ているのなら忠告すればよいじゃないか、と
思われても仕方がないのですが、では実際に我々のような立場の
者がお客様に対して「もしこうなったら?」という話をしたときに、
「そんなことが起こるわけ無いでしょ。」という返答を受けてしまう
確率は、私達の経験からするとかなり高いのです。
「長男に財産を譲りたい」と思った人なら、生きている長男のこと
ばかりが気になってしまい、「長男が先に死んでしまう可能性」に
ついて目をつぶりたくなってしまうものです。
「長男が先に死んだら・・・」という話を提言しても、
「そんな縁起の悪い話はしないでくれ」と言われたら、我々としては
それ以上のことは言い出しにくいものです。
それでもお客様のために何らかの提言をする場合には、法律論
よりも人生観で語りかけることになってしまいます。
法律問題というものの多くは、人間の気持次第で結論が変わって
しまうものですから、人間心理に関する教訓や名言がつい心にしみ
てしまうのです。
(Kojiro Hino)