2010年10月24日日曜日

街角の撮影現場での肖像権 そして企業コンプライアンスの実態

ある週末の夕方、いつものように何気なく窓の外を眺めると、とある駅ビルの中央改札へ向かう階段付近で、なにやら素性の知れない人たちが作業しているのを見ました。
見慣れない機材が置かれていて、そのうちに人が集まってきたのですが、やがて映像の撮影らしき作業が始まりました。

有名タレントでも来ているためか、ちょっとした人だかりが発生し、撮影業者が配置したらしい警備員達があたりを見回しています。
ドラマかCMの撮影だろうかと思いましたたが、よく見てみると「撮影をご遠慮願います。」の看板を持った人達がいて、「撮影しないでください。」と周囲の人に呼びかけていました。

なるほど、フラッシュをたかれたら撮影の邪魔だろうし、タレントさんも撮影はされたくないでしょう。
ごもっともとは思いましたが、「あれ?」と思う光景を見ました。

撮影場所は階段上なので、かなり遠くからでも見通しがよいため、群集の最後部の人からでも視野に入ります。
そういった場所からはるか遠くの撮影現場(30Mくらいはありそうな)を携帯カメラで撮影している人がいました。
そういう人を警備員が見つけては、いちいち「撮影はやめてください。」と「お願い」しているのですが、その態度が、やや「恫喝」に近いと感じました。

週末平日金曜日の午後7時です。
仕事を終えた市民が帰宅する途上の階段を閉鎖しての撮影です。
なんでこの場所、このタイミングでやるのか、という疑問もありましたし、撮影許可を出しているのが自治体であるか電鉄であるか、どちらにせよ、こういった条件で撮影を許可することに問題が無いのだろうかと思いました。

私は試しに、その群集の最後尾から、これみよがしに携帯電話を取り出し、撮影風景にカメラを向けてみました。
すると、予想したとおり警備員が躍り出てきて「ダメですよ撮影したら。」と私に声をかけてきました。

「へえ、ダメなんですか?どうしてですか?」
と聞いてみると、
「肖像権があるんですよ。だから撮影したらダメなんです。」
と言います。

「肖像権は関係ないでしょ。私は風景を写してるんですけど。」

「それもダメなんです。法律上肖像権があるから撮影はだめです。」

「そんなこと無いと思うよ。よく勉強してみた方がいいですよ。」

「絶対に肖像権の問題があります。やめてください。」

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ここで肖像権について考えてみましょう。
個人のプライバシーを保護するためにある肖像権。
たしかに、タレントさんにも肖像権があります。
しかし、よほど近くに接近しないかぎり、携帯カメラ程度ではそのプライバシーを侵害できるほど精密には写せないでしょう。

しかも、公共の通路をわざわざ撮影場所に選んだ時点で、それに関わったタレントはある程度自分の肖像を世間の目にさらす危険を承知しています。

ロータリー全域から丸見えの階段を閉鎖して撮影をしておきながら、その撮影作業の様子にカメラを向けることすらダメということなら、これはタレントの肖像権を主張できる範囲を超えていると思いました。

そして私との問答の末、警備員さんはこんなことを言いました。
「撮影していることが世間にばれたらいろいろ困るんですよ。」

「やはり、そこが本音なのか。」と思い、私は問答をやめにしましたが、これは企業コンプライアンスとして問題アリと思いました。

本音では企業の都合のためであるのに、個々の市民が有する肖像権を勝手に持ち出して撮影を禁止していたということです。

私が風景を撮影した際に生じる肖像権の問題というものは、その被写体になった市民各人のプライバシーの保護のために必要な限度で生じるものですから、そこにいる市民の方々から「私を撮影するのはやめてください。」と主張される状況なら、私がカメラをしまうのもごもっともなことです。

でも、私は群集を、しかも人間(警備員以外の)については後姿の、どこの誰だかわからない状況での人々の様子を撮影するだけなのに、「撮影をやめろ」と言われたわけです。

「この人たちはちゃんと撮影許可を得ているだろうか。その撮影方法は適切だろうか。」という疑問が私にはあったので、その撮影状況を示す証拠として撮影することも市民側の権利として当然あるはずで(これこそ携帯カメラの公共利用です。)すが、撮影風景を撮影するな、と市民に強制することが一企業として果たして許されるものか。
冷静に考えていただければわかるのではないでしょうか。

私が毎日見ている風景、しかも公共機関である駅ビルへ向かう階段の上に出現してきて、「これから私達は一企業の利益のために撮影をするが、あなた方は我々を一切撮影をしてはいけません。なぜなら我々には肖像権があるからです。」と言うわけです。

しかも肖像権のため、と言いつつ、実は「撮影の事実を世間に知られたくない。」という企業の利害のために禁止しているのです。

「撮影はご遠慮ください。」とお願いするだけならともかく、彼ら自身が市民に対して遠慮する気持ちに欠けているのじゃないかと私は感じました。

いまや誰でも携帯カメラを持ち歩いている時代。
携帯にカメラをくっつけて売っている企業は相当お金儲けができたと思います。
そういった商品が世に現れた当初、肖像権を無視するような使い方をあおったCMが流れていました。
「なるほど、金儲けのためなら肖像権は無視か。」
と思っていましたが、今度は自社の利益のために肖像権を持ち出す企業も出てくる。

もしその撮影現場がそういった携帯電話業界のCMだったとしたら、なんとも皮肉な話だと思いました。
大きな企業がえらそうにコンプライアンスの看板を出してみても、末端の現場ではこういうことになります。
それはその企業の本質にある風土が結果的にそのようにさせているのだと思うのですが、いかがでしょうか。